2011年2月9日水曜日

Alternative Mode

別府匠選手を始めて見たのは、NHKの2008年の番組でした。


様々な趣味の入り口を、その趣味に関心のない人向けに紹介する番組だったので、作りは若干色物的であり、


「アスリートの人って、こういう紹介されるのは、内心ではあまり嬉しくはないのかな?」


と思って見ていました。

Japan Cup 2009のチームプレゼンテーションで、偶然、前から2列目という好条件で、200mmのレンズでそのポートレイトを撮影する機会があり、改めて見ると、とても強いオーラと視線を持った人だと感じました。

やはり印象的なのは、その目です。


TAKUMI BEPPU :molt Adagio

If You Love Somebody, SET THEM FREE.



歌舞伎の役者は、演技の多くを目で語るので、とても強い視線を持っているのですが、匠選手も、それと同じ空気感を持っています。


NHKの番組とはまったく事なる、トップエンドに身を置くアスリートの凄みを感じました。


レース中の匠選手を撮影したのは3回。

Japan Cup 2009
J-Tour 2009 飯田
全日本ロード選手権2010

前述の2回のレースを撮影して感じたのは、レース中に表情がほとんど変わらず、状況を冷静に判断するクレバーな選手、という印象です。

TAKUMI BEPPU :Voice of SIREN

表情が変わらないのは、決して苦しくないからではないでしょう。
様々なレーサーの表情をみていて、すごく苦しそうな形相になる方もいれば、匠さんのように冷静で、熱量を内に秘めた表情の方もいます。
選手ごとの特性ですね。


全日本ロード選手権2010では、僕は山岳ポイントで撮影をしていました。

オーダーのあるプロという訳でもなく、特定の選手のファンという訳でもない僕は、プロトンが接近してきたときに、ファインダーで70mmぐらいのワイド端にしながら、どの選手にロックするか瞬間に判断します。

それは明確な基準があるわけでもなく、方程式があるわけでもなく、あえて言うなら、

「プロトンの中で一番目に飛び込む力を持っている選手」

言うなれば「直感」です。


その時、プロトンの進行方向に向かって左手に位置していたブルーのジャージの選手にロックしました。

文字通り、浮き上がって見えたのです。

通過を連射し、200mmの画角からアウトするまで追いつつけました。

ブルーのジャージだったので、愛三の選手だとは分かっていたのですが、通過後にプレビューで確認しても、どの選手なのかまったく判断できませんでした。


撮影後、ゴールに移動する時に、WLRRの女性にプレビューを見せて確認してもらいました。

その方も当初分からず、しばらくプレビューを眺めた後に


「匠さん?」



TAKUMI BEPPU :Fortissimo



今まで見た事のある内に秘めたクールな表情ではなく、ある意味、泥臭いともいえる、なりふり構わないエネルギーの発散。

僕はその表情を見て、全日本というレースが持つ格式を強く感じました。
全日本ロード2010で最も気に入っているショットの一つです。

昨年の9月、Twitterで匠選手が誕生日だと呟かれていました。
その時のメッセージで、全日本の時の写真を、お見せする事ができました。
その際に友人が

「この写真のように、来年も全力で戦っている姿が見たいです。」

とメッセージを送ると、匠選手の返答は

「いつでも全力で戦っているつもりです(笑)」

と苦笑混じり。




2010年12月27日

匠選手は現役を退き、新たな挑戦として監督となる事を公表されました。


昨日、知人が僕が昨年の写真で作った写真集「NOT LOVE BUT AFFECTION」を見て感想を呟いていました。


「まったく見た事のない、見ていると辛い表情だけど、もうこの一瞬は見られないのかと思うと、撮っておいて下さって本当によかったと思います。」



TAKUMI BEPPU: Inferno!!



写真は残酷だと良く言われます。

それは真実のみを記録し、隠しておきたい影も全て白日のもとにさらし出されてしまう。

「だから、あなたの写真は嫌いだ。あまりにも生々しく遠慮がないから。」

と言われる事も多い。


この写真を見た時、

「せっかくハンサムな被写体なのに、わざわざこのショットを写真集に選ばなくても」

と思う人はとても多いと思います。

でも、僕は純粋にこの表情がとても美しいと思っています。
誓って、好奇の視点ではない事は確かです。


なぜなら、僕はこの表情が、このレースに賭ける匠選手の、駆け引きなしの「素顔」だと思えるからです。


匠監督になられた今思うと、この時の、この表情は、いろいろな意味を持って僕の心に迫るものがあります。


人の写真を撮る事は、いつも罪の意識があり、意味がない行為だと言われると、確かにそう感じる事が多い。


誰もあなたのしている事を望んでいないと。


でも、現役を退かれる選手に写真を渡す時、いつも罪の意識は薄らぎ、少し晴れがましい気持ちになります。


それは写真が「残酷な真実」ではあるけど、それは反面、「紛れもない真実」でもあるからです。


その人が本気で挑み、戦い、輝いていた記録として。

そして、少なくとも僕はそんなあなたを見ていた、というメッセージとして。