僕が撮影した写真を選択する場合、最も重要なポイントと思っているのは「視線」です。
「眼」が生きている、というのはとても重要です。
僕の写真は、そのほとんどがバストショットか、それ以上です。
一般にスポーツの写真は、競技そのものを見せる必要性から、寄る事はありません。
その競技自体を見せるためには、少なくとも競技者の体全体は必要で、それ以上寄ると、とたんに情報が減少するという認識があるものと思われます。
僕が今のスタイルを採用したのは、2009年のシマノ鈴鹿ロードで、偶然、ゴールに飛び込んできたサイクリストのアップをとったからでした。
確かに、顔をクロースアップした場合、極端な話をすれば、それが自転車競技かどうかも分からない。
でも、削れた情報の分、圧倒的に増す情報があり、その最たるものは「視線」です。
視線が写真に動きを作り、
視線が写真に隠された物語を語る
写真は、2009年全日本シクロの森田正美選手。
自転車を担いで急勾配を一気に上がる、いわゆる「担ぎ上げ」のセクション。
この時、僕は、彼女のほぼ1.5メートル横。
バイクを下ろす直前、レンズを一瞥して通過しているところです。
この時、彼女はなにを思っていたのか。
本人でない我々は推測する事しか出来ません。
でも、一つの視線から、様々な推測ができ、それが奥行きを与えます。
視線は狙って捕らえるものではないと思います。
「視線」を要求して捕らえた視線は、やはり「死んでいる」
偶然の産物だからこそ、一期一会の趣があり、美しいのかもしれません。